デスマッチ この研究室から出す論文は,その内容について間違いがないことが絶対条件になる。ミスのある論文を書く研究室から出る仕事はその後信用されなくなるからである。 当時の研究室では,論文の筆頭著者が全てのデータをとりまとめ,先生に徹底的にしごかれ,あらゆる調べものをやり尽くしたうえで論文を完成させていた。論文の筆頭著者が誰になるのか分からないケースも多々あり,その場合には別の意味で難しい,曰く言い難い問題を同時平行的に何とかしながら論文の作成作業をする。あるいは,論文の最終版が完成して,ダルマの目入れみたいな,著者名入れがあるまで筆頭が誰であるのか分からないケースもある,がこれらは別の次元のはなしになるので割愛したい。 先生と筆頭著者らとのマンツーマンのやりとりは,しばしばプロレスのデスマッチに例えられた・・・金網に囲まれた檻に入ってやるわけではないが。論文の書き始めから完成,投稿までには2〜3週間をかけ,最後の2〜3日は,筆頭著者はずっと徹夜,3日目の朦朧としたアタマで最終的に論文に間違いがないことを確認したあと,教授室の小さな丸テーブルを囲んで封筒詰めの儀式と大阪行き,となるわけである。 何も問題なければ楽だが,そうはいかない。作業中に,論文内容に実に様々な問題や間違いが見つかる。そのたびに筆頭著者は,少なくとも私のケースでは,教授室に呼びつけられて実に様々な角度から叱られる・・・というより罵倒される。夜中の11時ごろから始まって2~3時間ものあいだ,立ちん坊で先生の気持ちが収まるまで怒鳴られ,辛辣な言葉を浴びせられながら説教が続く。場合によっては,教授室の鍵をかけられて誰も入ってこないようにされ,窓のカーテンまで閉められて向かいの免疫研究施設の建物から見えないように目隠しされたうえで,ある場合には丸テーブルのイスを蹴り倒されながら。このイスは本当はオレなんだろなあ・・・と思いながら・・・ そして宿題として明朝までにいろいろな調査を命ぜられるので,寝る事ができない。論文中のこれこれの表現は他の論文に前例はどれぐらいあるか,などの調査だ。今のようにWebでキーワードでヒットさせるような時代ではないので分厚い雑誌をいちいちひっくり返して調べることになる。翌朝,秘書さんたちに修正をお願いして,昼ごろ登場する先生に調査結果を報告してもその夜にはまた次の調査の指示が出る,という具合である。しまいには論文原稿中の文字の印字のわずかな「かすれ」までもが「修正」の対象となるが,徹夜3日目ともなるとツライとかの感覚も麻痺してくる。 これほどまでに死ぬ思いで作り上げた論文でも,大阪から外国に飛んで行ったあとも1個程度はまだ些細なミスが見つかることがある。そうなるとデスマッチ以上に厳しい罵倒が始まるのかと言うと意外とそうでもない。先生は『まあ,こんなとこはゲラ刷りの段階でも直せるからな。』とおっしゃっていた。 パフォーマンスもあっただろうが,デスマッチではご自身にも非常な緊張を強いたため,束の間の平和がその後2日間程度は,訪れる。 |
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