こぼれ話:E-mailことはじめ

 今はあたりまえのE-mailだが,そもそも1980年代はパソコンなどという言葉さえ無かったような気がする。論文を作るにはI○Mのでっかい,専用テーブルに鎮座したタイプライターで,こつこつ手作業がふつう。文章にミスが見つかればそれこそほとんど全部を打ち直し,という時代。それがようやくワープロの出現で,教授室に1台だけあるI○Mコンピューターに打ち込んだ論文を,ケーブルでつないだプリンター(活字でカーボンのリボンをたたくタイプ)に打ち出せるようになり,秘書さんたちはたいそう楽になった頃である。

 ある日,何か分からないまま私と助教授とで,百万遍の近くのビルの一室に行くように命ぜられた。聞くと,コンピューターどうしを電話回線で繋いで通信実験をするから見て習ってこい,とのこと。

 ぞろぞろ歩いてくだんの建物の部屋に行くと,I○Mの担当者がいまからドイツの同社コンピューターと電話回線でつないでリアルタイムの通信をするという。セットアップ自体にずいぶん時間を要して退屈になったが,こちらから助教授が何かしら短い英文をタイピングして先方に送る。するとしばらくして先方から返信らしき短い英文が返ってきて,プリンターがカタカタ鳴る。今から思えば何のことはない,単なるPCどうしの電話回線を利用したE-mailみたいなものだが,当時の技術水準からすれば,結構驚くべき通信手段の登場だったのである。

 なおこれを私に見学させたのはおそらく,欧米の共同研究先から論文の一部などの情報をリアルタイムでもらうことも視野に入れておられたのであろう。私が大学院を修了するまでこの手段は現実には使われなかったが,ほどなくPCどうしを専用の高速LANで繋いでネットを構築することがすさまじい勢いで発達したのは言うまでもない。