21. こぼれ話:シングルチャネル 

 その頃,遺伝子工学が発達して,組換えDNAから試験管内でメッセンジャーRNAを作れるようになった。すると,それを直径数ミリのアフリカツメガエルの卵母細胞にガラスピペットを使った細かい作業で注入し,発現して卵母細胞の膜表面に組み込まれるタンパク質のはたらきを調べることができるようになる。

 イオンチャネルの研究をしていたわけだから,そのチャネルの機能を調べれば,遺伝子クローニングで構造だけではない,貴重な情報が得られる。

 あるとき,神経の末端から分泌されて筋肉にはたらき,筋肉細胞の脱分極を起こす,アセチルコリンに応答するイオンチャネルの(アセチルコリン・レセプターという)一部になると思われる,新しいサブユニット(タンパク質複合体を構成するひとつのタンパク質)がウシの組織からの遺伝子クローニングで見つかった。

 さっそく組換えDNAにしてメッセンジャーRNAに変換し,研究室で当時よく使っていた,シビレエイのアセチルコリン・レセプターの性質を調べるアフリカツメガエルの卵母細胞に打ち込んで,シビレエイとウシのサブユニットのキメラ(この場合,種が違うのに無理矢理に混成の複合体にして)でイオンチャネルとしてのはたらきを調べる。調べるのは当然,われわれ素人ではなく,生理学教室の講師の先生だ。

 チャネルのはたらきはパッチクランプ法という方法で,電磁気を遮断した金網の檻のようなところに入って,顕微鏡下で卵母細胞の表面にガラスピペットを当てがい,イオンの流れを微小な電流として測定する。私の役割は新しいサブユニットをメッセンジャーRNAにして生理学教室の講師の先生に渡すこと。まさにメッセンジャーボーイだ。渡したあとの特権で,興味津々で測定作業を見学させていただいた。

 シビレエイとウシのサブユニットの混成なのに,チャネルとして機能した。そしてもっと驚いたのは,その新しいサブユニットが組み込まれたチャネルはどうやら,これまで見つかっていたサブユニットが組み込まれたチャネルよりもイオンをたくさん通すという測定結果が出た。

 その後は先生も,生理学の先生も,わたしたちも皆,興奮して,わざわざドイツ・ゲッチンゲンのマックスプランク研究所まで助教授を派遣して,今度は1ユニットのチャネルが細胞膜の表面で開いたり閉じたりしてできるイオンの流れを見る実験を行った。シングルチャネル・レコーディングという,世界中でそこでしかできない測定だ(ちなみにそこのザクマン先生は後にノーベル賞を受賞された)。

 このときには全てウシ由来のサブユニットから成るチャネルとして調べた。すると,その新しいサブユニットと,以前から知られているサブユニットのチャネルとでは,開口時間が明らかに違うことが分かった。新しいサブユニットが組み込まれたチャネルは,一度開いたら閉じにくい。これまで生理学で,何故かは分からないが現象としては知られていた,神経と筋肉との接合部のアセチルコリン・レセプターと,それ以外の場所にある,同じ名前を持ったレセプターとではどうやら性質が違う,という理由が,サブユニット構成が違うことで開口時間が異なることによる,という分子レベルで明確に分かった瞬間だった。