30. メダルはひとり

 たびたび登場する,写真屋さんのお話。

 東一条にある写真屋さんには論文のたびに実にこまごまと注文を付けてFigure(論文のデータ図)の写真作成を頼むことになる。ロトリングなどで書いた原図を接写してプリントにするというその当時の手法だ。しかも明日までに仕上げろとか,ここの線を0.3ミリ左に寄せろ,だのと細かい。写真屋さんは内心,面倒臭がってはいただろうが,心得ていて,はいはいと注文を受ける。京大の他の多くの研究室のFigureの作成を一手に引き受けていたと言っても過言ではないのでいつも店は混んでいて,そんな中で,われわれのやつを優先してやってくれ,などと無理を言うものだから,そこら辺は困っていたに違いない。

 あるとき,先日仕上げてもらった写真の納品請求書の書き換えか何か,ちょっとした事務作業のお願いに,秘書さんたちが夕方,閉店間際のその写真屋さんに行くことになった。

 秘書さんたちもちょっとイヂワルで,いつもとんでもない無理難題を言いにくるN研究室の,面の割れている秘書達が,こぞって現れたら店のひとたちはどんな顔をするか見よう,となって三人連れ立ってその伝票書き換えの仕事を頼みに行った。

 案の定,閉店間際の店の中は混んでいて,店員さんはN研から来たことが丸分かりのその三人をチラッと見るや,見ぬふりをして他のお客達の相手を続けている。

 ようやくのこと,店が空いて来て,三人の用事を訊く店員さん。

 「はい何でしょう?」

 すると秘書さんたちは,

 「この納品書の書き換えをしてくださいませんか。」

 すると店員さん,

 「なんや,そうやったんかいな!またてっきり無茶な仕事を今からせんならんかと思うてドキドキしとりましたわ。」と笑った。

 その後,店主のおやじさんが出て来て半ば真顔で言った。

 「あんたら,なんぼ頑張って仕事してもあきませんでえ。こういう(両手で胸のところに輪っかを作りながら)メダルをもらうのは先生ひとりでっせえ!」と。