32. 魅惑のベッド

N研究室のペーパーワークはつらい。

夜遅くまで教授室に缶詰めになって,英文原稿やデータの不備について,さらには性格がダメだとか研究者に向いていないので辞めた方がいい,などあれこれこっぴどく叱られた挙げ句,次の朝N先生が来るまでに調査すべき多くの宿題が言い渡される。

「○○の言い回しは実際の論文ではどのように使用されているのか」とか,「△△と表現する場合が多いのか,それとも□□と表現する場合が多いのか」など,N先生が気になった英語表現に関するものが結構多い。

今ではパソコンにキーワードを打ち込んでネットでパッパと検索できるようなものばかりだが,当時は当然ながらそれはなく,ふらふらになりながら医化学教室の図書室に行って分厚く製本されたジャーナルのバックナンバーを引っぱり出して来て,似たようなテーマの論文を漁り,使用事例をいくつも抜き書きする作業を,夜中に,やる。「○対○でこちらの文例のほうが多い」と説明しないとN先生は納得しないからだ。

図書室は最上階である3Fの屋根裏部屋とも言うべき,天井の低い,薄暗いところにあり,やけにホコリっぽい。… 宿題の調べものを眠いのを我慢してやっていると,ふと,隅っこのほうに簡易ベッドがあるではないか。これがうわさに聞いた医化学ベッドか。

代々,教室に在籍するひとたちが疲れて仮眠をとるために使用されているものだ。しかも医化学と言えば錚々たる先生方が今や立派な教授として全国で活躍されている。そのような偉人も泥のようになって寝た所に違いない。

眠いのでちょっと仮眠をとろうと近寄ってみると…汗臭い,しっとり感のある毛布もある。偉人たちにあやかりたいので我慢してここで寝よう。。。。。。zzz その後のことは覚えていない。

私のことではないが,ある朝,教室の技術職員の女性が図書室に用事があって屋根裏部屋に上がって行った。すると薄暗いところからパンツ一丁のおっさんが転がり出て来たのでその女性は腰を抜かしたらしい。