35「まだ振ってたんですか」

このシリーズに何度かご登場いただいているA女史は,先生が何か実験を手伝いたくて3Fの教授室から2Fの研究室に降りて来られた際,私たちには到底お願いできないようなこともお願いしていた。

ある日,先生が『何かやることはないか?』と研究室に来られたのでA女史は迷わず,「フェノール振って下さい」と言った。

フェノールは常温では固体だが温めてから水といっしょにしっかり振って混ぜて飽和させれば液体でキープでき,これはDNAを制限酵素で切ったりしたときに反応液中にある酵素タンパクなどを除去できるので私たちの実験には不可欠な試薬だ。水飽和フェノールを大量に用意することは研究室の他のひとも大いに助かるので当番を決めて誰かがやっていたものの,何の面白みもない,フェノール臭くなる厭な仕事だ。

A女史はちょうどこれを作ろうと思っていたところだったので,ひょっこり来られた先生に頼んだ。先生はやむなく温めたフェノールを専用ガラス容器で水と混ぜるべく,バーテンダーのように振り始める。

A女史は他の仕事で忙しいのでその場を離れ,小一時間してから研究室に戻ってきた。すると,先生はまだフェノールを振っておられた。

A女史:「まだ振ってたんですか!」

先生がどう応答されたかは残念ながら記録が残っていない。。