~原発事故と放射性物質~
被災動物の包括的線量評価事業

福島原発事故によって多量の放射性物質が環境中に飛散しました。
警戒区域内に残され、被災した家畜や動物の放射性物質の計測によって、
人と環境への放射線影響を明らかにする研究です。

福島に残され野生化した被災動物達

私達は、東日本大震災によって起こった福島第一原子力発電所(福島原発)の爆発によって環境中へ飛散した放射性物質の生物や人体影響を知るために、警戒区域内外の安楽死された家畜及び動物の臓器試料と土壌などを収集し、バンク化を行なっています。 未来の人類と地球のための事業です。ひとりでも多くの皆様のご理解と応援をお願いします。そして、実行したらより良い事業となるようなアイデアをお寄せ下さい。

1.はじめに
 広島・長崎の原爆で明らかなように、体外からの放射線の急性大量被ばくは死をもたらします。被ばく直後の死を免れても、後になって発がんリスクを上昇させることが疫学調査から知られています。しかし、今までのところ、0.1Gy以下の被ばくでは人体への影響が明確ではありません。明らかな子孫への影響については知られていません。
 発がんは、被ばく後何年、何十年という長い無症状の潜伏期間をおいてから起こります。そのために被ばくとの因果関係が不明なこともあるため、国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線による発がんリスクは線量に比例し、がんが起こるか起こらないかの境目となる、しきい線量はないと仮定しています。人への健康影響を守る立場で、被ばくを規制する行政は、この「直線しきい値なし」の考え方を採用しています。
 環境中から、水や食物を介した経口摂取や空気を介した経気道摂取によって起こる内部被ばくの放射線源として問題になるのが放射性物質です。東日本大震災に伴う福島原発の爆発事故によって、大量の放射性物質が環境中へ飛散しました。この事故を契機として放射線の人体影響が全世界の一大関心事となりました。放射能は物理学的に徐々に減衰し、摂取された放射性物質は生物学的に代謝されて身体の外へ排泄されます。しかし、放射性物質が体内に留まる限り内部被ばくを起こします。内部被ばくを起こす放射能の減り方は物理学的半減期と生物学的半減期から導かれる実効半減期によって表現されています。一方、放射性物質はその化学的性質によって特定の標的臓器に濃縮されます。そのために内部被ばくでは標的臓器は持続的に低線量率の放射線に被ばくすることになります。しかし、どの細胞がどれだけ被ばくしたかを知ることは不可能に近いのが現状です。ヨウ素は、甲状腺ホルモンの成分のひとつであるために、チェルノブイリ原発事故では放射性ヨウ素が甲状腺に集積して甲状腺発がんの原因となったと怖れられています。しかし、放射性ヨウ素131の実効半減期が約7日と短いために、放射能を計測する時間的な余裕がありませんでした。そのため、正確な被ばく線量は計測できていません。
 原発から放散する放射性物質には、放射性セシウム(セシウム134とセシウム137)のように、自然界には本来、存在しない人工放射性物質が含まれています。人類は誕生以前から宇宙や土壌から自然放射線に被ばくしていると言われても、人工放射性物質が拡散した原発事故に対する人々の恐怖は募っています。原発に伴う内部被ばくの人体影響を定量化することは、極めて困難ですが、私達、そして未来の人類にとって必要なことです。

2.放射線生物学と放射線規制
 放射線の生物影響は、放射線の種類、エネルギー、被ばくした臓器や組織によって様々です。そのため人体影響を統一的に表現するための単位として実効線量(シーベルト、Sv) が使われています。放射性物質による内部被ばくの人体影響を議論していると、1秒当たりに放出する放射線数である放射能(ベクレル、Bq)がいつの間にかSvになっています。さらに、規制のために用いられる放射能の基準値は、科学的思考によって導きだされたものではありますが、純粋に科学的な値ではないために多くの混乱を招いています。

3.警戒区域内家畜の体内放射能分布
 福島原発事故の結果として、大量の放射性物質が環境中へ飛散しました。その詳細については東京電力のホームページに掲載されています。2011年4月22日をもって福島原発から半径20km圏内が警戒区域として設定され、原則的に立ち入り禁止となりました。住民が避難した後およそですが、圏内には牛3400頭、ブタ31500頭そして鶏63万羽が取り残されたと言われています。2011年5月12日、政府は放射性物質に汚染された食肉が消費者の口に入ることを未然に防ぐために、福島県ならびに警戒区域内の市町村に対して残留家畜の安楽死を指示しました。
 文部科学省と米国エネルギー省は共同で福島原発から半径80km圏内の航空機による地上1mにおける空間線量分布の計測を行いました。しかし、このデータはあくまでも1時間当たりの空間線量、すなわち外部被ばく線量率であって体内に摂取された放射性物質の濃度を反映している訳ではありません。内部被ばくの人への影響が危惧されているのに、どのような放射性物質がどの臓器に集まり易いかという詳細で具体的なデータがありませんでした。

4.被災動物の放射線量評価事業
 私達は警戒区域内の家畜が安楽死されることを知った直後から、放射性物質の地球環境と未来の人類にどのような影響を及ぼすかを知るための基礎となるようなことができないか、と考えました。放射線の内部被ばくの人体への影響の研究は簡単ではありません。そこでまず第一歩として、警戒区域内で安楽死された家畜をただ単に土に還すだけではなく、役に立ってもらうために、家畜の臓器別の放射性物質を見極め、それらの濃度計測を行うことを始めました。同時に、臓器別に顕微鏡の標本を作って変化を検討し、各臓器を凍らせて超低温に保存しています。また、世代を越えた子孫への影響を知るために、精子や卵子の冷凍保存も行なっています。

5.今後の課題
 我々は、福島原発事故に伴う警戒区域内の家畜臓器における放射性物質と放射能分布について詳細な検討を行なってきました。2012年7月末日現在、牛217頭、豚57頭、猪豚3頭からの採材が可能でした。今後さらに野生動物など他の動物へも対象を拡げて放射線内部被ばくに係る動物臓器のアーカイブ作りを目指しています。このような試料を利用して、土壌など環境中の放射能分布と比較することによって環境汚染と体内蓄積、放射性物質の臓器内分布、経時的な濃度変化の測定による臓器別実効半減期の算定、放射線内部被ばくによる急性変化の顕微鏡による探索、保存した精子や卵子で受精した仔への影響などを検討することによって、みなさんの放射線防護に役立つ研究としたいと強く考えています。

6.謝辞
 目に見えない、匂いも味もない放射線の生物への影響は、被ばくしてから時間が経たないとわからないことが沢山あります。放射線の人体影響は、残念なことですが、放射線事故や原爆という不幸な出来事からしか知ることができないことばかりです。この事故から学ぶ研究事業は、系統だった世界で初めての試みです。警戒区域内の酪農家、自治体のご理解と日本全国の研究者によるネットワーク、関係省庁、東北大学、加齢医学研究所、そして多くの支援なくしては始めることは不可能でした。


被災動物放射線量評価グループ代表
東北大学加齢医学研究所 福本 学

 キーワード 

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